東京高等裁判所 平成10年(行ケ)209号 判決
高知県安芸郡東洋町白浜49番地
原告
株式会社小松大太郎商会
代表者代表取締役
小松武志
訴訟代理人弁理士
森本義弘
笹原敏司
原田洋平
高知県安芸郡東洋町白浜86番地5
被告
株式会社小松啓作商会
代表者代表取締役
小松玉男
訴訟代理人弁理士
鎌田文二
東尾正博
鳥居和久
主文
特許庁が平成6年審判第17742号事件について平成10年5月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
被告は、旧商品区分第24類「釣り具」を指定商品とし、「トンボ」の片仮名文字を左横書きして成る登録第2483497号商標(平成1年2月16日商標登録出願、平成4年11月30日設定登録。本件商標)の商標権者である。
原告は、平成6年10月18日、被告を請求人として、本件商標につき商標法46条に基づく商標登録の無効審判請求をし、平成6年審判第17742号事件として審理されたが、平成10年5月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月15日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(1) 原告(請求人)の主張
原告(請求人)は、次のように述べるとともに、証拠方法として甲第1ないし第25号証(審判事件における符号。枝番を含む。本訴で提出され符号が変わったものは、その都度指摘する)を提出している。
(a) 無効事由
(ア) 本件商標は、商標法3条1項1号に該当し、同法46条1項1号により、無効にすべきものである。
(イ) 本件商標は、商標法3条1項3号に該当し、同法46条1項1号により、無効にすべきものである。
(ウ) 本件商標は、商標法4条1項16号に該当し、同法46条1項1号により、無効にすべきものである。
(b) 無効原因
審判甲第1ないし第6号証(本訴甲第4ないし第9号証)の文献に示すごとく、「トンボ」という用語は、マグロの一種のビンナガの別名であって、漁業関係者や漁具を製造、販売する業界においては頻繁に使用している用語である。したがって、本件商標「トンボ」は、釣り具との関係においては商品の用途等を表すもので、商標法3条1項3号に該当する。
さらに、審判甲第7号証、第8号証(本訴甲第24、第25号証)の文献に記載されているごとく、「トンボ」は上記のようなビンナガの別名のほかに、いか釣り用の漁具や、マグロ類の延縄漁具を示す用語として使用されている。
したがって、「トンボ」は、これらの漁具との関連において商品の普通名称であって商標法3条1項1号に該当するとともに、「トンボ」を他の商品に使用する時は商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるから、商標法4条1項16号に該当する。
以上のように、本件商標は、明らかに過誤登録であって、本件商標がこのように登録されたことによって漁具を製造、販売する業界において迷惑を被っている。
(c) 被告(被請求人)の主張に対する弁駁
(ア) 原告は、その製造、販売に係る釣り針に「トンボ」の名称を付しているところ、被告から被告の有する本件商標「トンボ」と同一又は類似であり、商標権を侵害する旨の警告を受けた。そして、販売に際して「トンボ」の使用を直ちに取り止めること、「トンボ」を表示した包装用箱、カタログ等を破棄すること、雑誌広告を取り止めるよう要求された。
したがって、原告には、本件請求をする十分な理由があり、被告の主張は失当である。
(イ) 商標法3条1項1号の「その商品の普通名称」であるか否かは一般の需要者がそのように認識するばかりではなく、取引界において普通名称であると認識する必要がある(審判甲第11号証)。
ただし、一般の需要者の中には「釣り具」と関係のない一般人、すなわち、一般家庭の消費者まで含まないことはいうまでもない。
したがって、「トンボ」に昆虫の「蜻蛉」の意味があっても、釣り具の取引者、例えば釣り具の製造業者や販売業者さらには、それを使用する漁業関係者が「トンボ」を「いかの漁具」「ビンナガの漁具」と認識すれば、「トンボ」は指定商品との関係で普通名称として識別力がないことになる。
なお、審判甲第7号証(本訴甲第24号証)の「最新 漁業技術一般」や審判甲第8号証(本訴甲第25号証)の「イカ-その生物から消費まで-」は、漁業関係者等が「トンボ」を「いか釣りの漁具」「ビンナガの漁具」と認識していることを示している。
また、商標法3条1項3号も同様に、「トンボ」が指定商品「釣り具」の品質、用途等を示すかどうかは、取引業者にその認識があれば足り(審判甲第12号証)、一般の消費者まで問題にする必要はない。
したがって、「トンボ」を釣り具の製造業者や販売業者、さらには漁業関係者がサバ科の魚「ビンナガ」と認識すれば、指定商品との関係で用途等を示すものであって識別力がないものと判断される。
なお、審判甲第10号証(本訴甲第18号証)のカタログは、釣り具の製造業者や販売業者が「トンボ」をサバ科の魚「ビンナガ」と認識していることを証明するものである。
そもそも、商標法3条1項3号の立法趣旨は、審判甲第12号証に述べられているごとく、商品の品質を示す表示は商品の取引の過程において必要なものであり、取引業者は、皆その使用を欲するもので、特定の人にのみ使用を独占させることは公益に反することになるため、これを不登録事由としたものである。
ところが、被告が「釣り具」の業界で「トンボ」を独占して審判甲第9号証のような警告書を行ってきたため、釣り具の製造業者・販売業者である原告は、カタログ等の刷り直しや、広告の変更等を迫られている。このまま放置すると、当業界に更に公益に反する事態が生じかねない。
また、釣り具の製造業者や販売業者、さらには漁業関係者が「トンボ」をサバ科の魚「ビンナガ」と認識しているから、例えば、被告がビンナガ以外の釣針に「トンボ」を使用すると、漁業関係者等はその釣針をビンナガ用と誤解し、商標法4条1項16号の品質の認識を生じるおそれがある。「いか釣りの漁具」や「ビンナガの漁具」についても同様の自体が発生する。
以上のように、本件商標は、明確な過誤登録であり、早急に登録を無効とする審決を求めるしだいである。
(ウ) なお、被告は、「トンボ」の文字が本件商標の指定商品について商品の普通名称、あるいは商品の品質、用途等を表示する語として現実の商品取引の場で使用されている事実は見当たらず、原告において何らかかる事実を示す具体的な証拠を提出していないと主張する。
しかし、審判甲第7号証(本訴甲第24号証)の「最新 漁業技術一般」や審判甲第8号証(本訴甲第25号証)の「イカ-その生物から消費まで-」、審判甲第10号証(本訴甲第18号証)の「カタログ」にはそれが示されているから、被告の主張は失当である。
(d) 被告の第二答弁書に対する弁駁
(ア) 審判乙第17号証(本訴乙第18号証)に掲載の吉村産業(株)、審判乙第19号証(本訴乙第19号証)に掲載の「丹吉釣老舗」、審判乙第20号証(本訴乙第13号証)に掲載の小坂産業(株)の「釣り具」の会社に電話で問い合わせた結果、魚(ビンチョウマグロ)の名前として「とんぼ」を使用していることが確認できた(審判甲第13号証=本訴甲第20号証)。
したがって、「とんぼ」は「釣り具」の業界で商品の用途等を示すものであって、被告の主張は妥当ではない。その他、「漁業協同組合」や審判乙第20号証(本訴乙第13号証)「水産世界」の発行所である農林経済研究所にも電話で問い合わせた結果、「ビンチョウマグロ」のことを「とんぼ」と呼んでいることを確認した。
(イ) また、第二答弁書で、「審判甲第1号証ないし第8号証(本訴甲第4ないし第9号証、第24、第25号証)は、専門的な書籍であって、「とんぼ」が一般の用語として使用しているとは断言できない」としている。
しかし、審判甲第14号証(本訴甲第10号証)の広辞苑、審判甲第15号証(本訴甲第11号証)、第16号証(本訴甲第12号証)の百科辞典、審判甲第17号証ないし第20号証(本訴甲第19号証、第13ないし第15号証)の一般の人が読むような書籍にも「ビンチョウマグロ」のことを「とんぼ」と記載している。また、審判甲第21号証(本訴甲第17号証)は太洋漁業が発行したポスターであるが、このポスターにも「ビンナガ」を「とんぼ」と記載している。
したがって、専門的な書籍ばかりではなく、一般的な書籍等にも「ビンチョウマグロ」「ビンナガ」のことを「とんぼ」と記載してあり、前記被告の主張は意味がない。
審判甲第22号証ないし第24号証(本訴甲第21ないし第23号証)は、関西の一般的なスーパーマーケットで販売されている「ビンチョウマグロ」の生利節である。このように流通市場においても「ビンチョウマグロ」に「とんぼ」という言葉を使用している。なお、審判甲第24号証(本訴甲第23号証)のジェスマックに電話で問い合わせたところ、関西では流通過程において「ビンチョウマグロ」に「とんぼ」を使っている旨の回答があった。
なお、審判甲第25号証(本訴甲第26号証)は、原告が昭和26年当時、既に「トンボ」を使用していたことを示すものである。
(ウ) 以上述べたように、「とんぼ」は、釣り具の業界ばかりでなく、漁業協同組合、漁師、仲買人、小売業、流通業界において広く使われており、かかる用語を一個人に独占させるべきではない。
(e) 被告の第三答弁書に対する弁駁
(ア) 審判甲第13号証(本訴甲第20号証)で原告代理人が聞き取り調査をした相手は、全く面識のない相手であって特に友好的な者ではなく、しかも暗示に迎合して供述する必要性も全くない者ばかりである。また、「とんぼ」が「ビンチョウマグロ」の通称として使用されているかどうかという単純な質問は、誘導したからといってそのような回答が得られる種類のものではない。したがって、被告の反論は説得力が全くない。
(イ) 第三答弁書の審判甲第14号証(本訴甲第10号証)の広辞苑に対する反論で、「とんぼしび〔蜻蛉鮪〕マグロの一種、ビンナガの別称」なる記載はあるとしても、「ビンチョウマグロ」が「とんぼ」と呼ばれているとの記載は見当たらないから、このようなものは本件の証拠となり得る価値を有しないとしている。
この被告側の主張は、審判甲第14号証(本訴甲第10号証)の広辞苑には「とんぼしび」とは書いてあるが「とんぼ」とは書いていないから、「とんぼ」は「ビンチョウマグロ」を意味するものではないと主張しているのであろうが、全く姑息な反論である。「しび」とはマグロの生魚やビンナガの別称である(審判甲第26号証)から、「とんぼ」が「ビンチョウマグロ」を意味することは明らかである。
なお、「ビンナガ」が「とんぼ」と呼ばれていることは他の甲号証(例えば、審判甲第1号証ないし審判甲第6号証(本訴甲第4ないし第9号証)、審判甲第15号証(本訴甲第11号証)、第16号証(本訴甲第12号証)、第18号証ないし第20号証(本訴甲第13ないし第15号証))から明らかである。
(ウ) 第三答弁書の審判甲第15号証及び第16号証(本訴甲第11、第12号証)の百科辞典の反論では、「百科辞典は一般的でない事項について広く説明を行う必要があるため、……」と記載しているが、「ビンナガ」が「一般的でない事項」とするのは被告側の独善的な意見である。「一般的でない事項」とするならばその証拠を出すべきである。
(エ) 第三答弁書の審判甲第17号証(本訴甲第19号証)の書籍の反論では「『トンボ漁』なる記載があるとしても、それがいかなる事実を指すかについての説明は一切ない……」と記載しているが、この審判甲第17号証(本訴甲第19号証)の中に「第三十三話 マグロ船の俳句」「マグロ船のことを詠んだ」「マグロ船の俳句」「マグロ船乗りの俳句」「手前の亭主がマグロ船乗っててヨ」と、「マグロ船」が5ヵ所も出てくる。これでも「トンボ漁」がいかなる事実を指すか分からないというのは、被告側の苦し紛れの反論にすぎない。
(オ) 第三答弁書の審判甲第18ないし第21号証(本訴甲第13ないし第15号証、第17号証)に対する反論で「審判甲第18ないし第21号証は「釣り具」の取引市場において「トンボ」が商品の普通名称や品質、用途を示すため普通に使用せられているとの事実を示しているものではない。」としている。
しかし、審判甲第18ないし第21号証(本訴甲第13ないし第15号証、第17号証)で「とんぼ」が「ビンナガ」であることが証明出来れば十分である。「トンボ」が魚(ビンナガ)を表すものであれば、「トンボ」は「釣り具」の関係で品質や用途を示すことになる。
(カ) 第三答弁書の審判甲第22ないし第24号証(本訴甲第21ないし第23号証)に対する反論で「とんぼの文字は普通名称を表したものとは認められない」としている。
しかし、「なまりぶし」とは三枚におろして蒸した鰹の肉を半乾しにした食品であるから(審判甲第27号証)、「とんぼなまりぶし」の「とんぼ」は魚の種類、すなわち「ビンチョウマグロ」を表している。
したがって、審判甲第22ないし第24号証(本訴甲第21ないし第23号証)は、「とんぼ」が流通の小売段階でも「ビンチョウマグロ」の別名として使用されたことを証明している。
(キ) 第三答弁書の審判甲第25号証(本訴甲第26号証)に対する反論で作成者不明とあるが、審判甲第25号証(本訴甲第26号証)は被告側の代表者小松武志が昭和26年に作成したものである。「トンボ縄釣」はビンナガ漁用の漁具である。
(ク) なお、「トンボ」「トンボシビ」が「ビンナガ」の別名として使用されている証拠として東京水産大学第七回公開講座編集委員会編の「マグロ その生産から消費まで」(審判甲第28号証)を追加する。
以上述べたように、第三答弁書は、苦し紛れの反論であって内容の乏しいものであるから、早急に審理を賜り、登録を無効とする審決を求める。
(2) 被告(被請求人)の審判における主張
(a) 被告は、次の趣旨の主張をするとともに、証拠方法として審判乙第1号証ないし乙第21号証(本訴で提出された乙号証との対比は、以下各別に指摘する。)を提出している。
(ア) 原告が本件商標ないしこれに類似する商標を使用している事実はなく、また被告は、原告に対し本件商標に基づく権利行使をしたこともなければ、権利を行使するために警告等の準備を行っているものでもないから、本件商標の存在によって、原告の営業活動に何らかの支障が生じているとの事実も認められない。
このように、原告は、本件商標の存在によって何らの不利益を受けるおそれはないので、かかる本件請求は、法律上の利害関係を有しない者による不適法な審判請求として、商標法56条1項で準用する商標法135条の規定によって却下せられるべきものである。
(イ) 審判甲第1ないし第6号証(本訴甲第4ないし第9号証)にサバ科の魚「ビンナガ」の地方名として「トンボ」なる記載のあること及び審判甲第7号証(本訴甲第24号証)及び審判甲第8号証(本訴甲第25号証)に、いかの漁具の名称として「トンボ」、びんながの漁具の名称として「とんぼ縄」なる記載のあることは否定するものでない。
しかし、本件商標を構成する「トンボ」の文字に相当する語は、上記原告の主張するところによれば、サバ科の魚「ビンナガ」の地方名のほか、「いかの漁具」の名称及び「ビンナガの漁具」の名称ともいえる特定の物を指す用語でないばかりでなく、このほかにも昆虫の「蜻蛉」、「飛魚」の別名、「頂上」、「入口」、「戸」、「大戸の敷居」、「便所」、「雪囲」、「瘧」を意味する方言等種々の語義を有する語である(審判乙第1号証(本訴乙第1号証)の1816頁、審判乙第2号証(本訴乙第2号証)の1887頁及び審判乙第3号証(本訴乙第6号証))から、このように多くの語義を導き出し得る「トンボ」の文字よりなる語にあっては、一般人が上記のごときすべての語義をもって認識することは困難で、通常は最も親しまれている昆虫の「蜻蛉」を意味する語として理解するにすぎないのが普通である。
しかも、本件商標を構成する「トンボ」の文字に相当する語は、日常座右において使用せられる辞書(例えば、審判乙第4号証(本訴乙第3号証))はもとより、大部の辞書(例えば、審判乙第1ないし第3号証(本訴乙第1、第2、第6号証)及び審判乙第5号証(本訴乙第4号証))、商品に関する書籍(例えば、審判乙第6号証(本訴乙第7号証))、商品としての魚の需要者向けの書籍(例えば、審判乙第7号証(本訴乙第8号証))においても、原告が主張するように、魚の「ビンナガ」あるいは「いかの漁具」又は「ビンナガの漁具」の名称として、「トンボ」なる語があるとのことは記載されていないから、このような「トンボ」の文字よりなる本件商標にあっては、原告主張のごとき意味合いに解せられることはなく、通常は「トンボ」の文字から直ちに想起される一般的な意味合いである昆虫の「蜻蛉」を示す語として理解せられるのが自然であって、かく解するのが本件商標の指定商品の分野における一般の需要者の認識に合致したものである。
(ウ) また、本件商標を構成する「トンボ」の文字が、本件商標の指定商品について商品の普通名称、あるいは商品の品質、用途等を表示する語として現実の商品取引の場で使用されている事実は見当たらず、原告においても何らかかる事実を示す具体的な証拠を提出していない。
(エ) してみれば、本件商標を構成する「トンボ」の文字は、昆虫の「蜻蛉」を意味する語を表したものとして理解せられるにとどまり、これをもって本件商標の指定商品の普通名称や品質、用途を表したものと理解せられることはなく、十分自他商品識別の標識としての機能を果たし得るものであり、またこのような本件商標は、商品の品質、用途等について誤認を生じさせるおそれもないものである。
(オ) それ故、かかる「トンボ」の文字よりなる本件商標は、商標法3条1項1号、3号及び4条1項16号のいずれの規定にも該当するものでなく、この登録は商標法46条1項1号の規定によって無効とせられるべきものでない。
(b) 原告の弁駁書に対する被告の反論
(ア) 原告提出の審判甲第11号証を被告に有利に援用する。すなわち、同号証によれば、普通名称であるか否かは、取引市場において、その名称が特定の商品の一般名称として世俗一般に、普通に使用されている事実が認められる場合においてのみ、普通名称であるということを得るとのことであるが、原告提出のすべての証拠によっても、本件商標を構成する「トンボ」の文字に相当する語が、本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、本件の当事者以外の者によって、特定の商品の普通名称として、また、特定の商品の品質、用途等を示すために普通には使用せられているとの事実は見いだせない。
しかも、商品の普通名称や品質、用途等の表示とするためには、とかく希望的な観察をしがちな競争関係にある同業者たる者のみの認識のみでは足らず、少なくとも一般消費者も普通名称又は品質、用途等の表示として認識しており、さらに当該商品の取引者間において現実に普通名称又は品質、用途等の表示として使用せられている事実を要するものであって、辞書やその他の一般刊行物、当該商品の取引者と直接関係のない学問的、技術的文献、講演等において、普通名称又は品質、用途等の表示であるかのごとき記載がなされていても、これによって普通名称又は品質、用途等の表示となし得ないことは、原告提出の審判甲第11号証の書籍の157頁(審判乙第8号証)に記載されているところによっても明確に認識できるところである。
(イ) よって、以上の見地よりしたとき、審判甲第1ないし第5号証(本訴甲第4ないし第8号証)は、いずれも一般消費者が見たこともない魚類に関する専門的な書籍であり、審判甲第6号証(本訴甲第9号証)も専門家が項目ごとに分坦して著作した大部の事典で、このような詳細の解説の内容を一般消費者が記憶しているとは考えられないものであり、また審判甲第7号証(本訴甲第24号証)及び審判甲第8号証(本訴甲第25号証)も漁業に関する専門的な書籍であるばかりでなく、その著作において使用されている用語も、必ずしも一般に通用しているとは判定し難いむしろ独自のものと見受けられるものもあると考えられること及び審判甲第10号証(本訴甲第18号証)は原告の作成にかかる作成日の不明なカタログで、その中で魚の名称として「ビンナガ」は使用せられているが、「トンボ」が魚の名称であるとの記載は一切見当たらず、かえって、被告の登録商標である本件商標を釣り針に使用していることを示しているにすぎない資料であるから、このようなものは、本件商標を構成する「トンボ」の文字に相当する語が、本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、本件の当事者以外の者によって、特定の商品の普通名称として、あるいは特定の商品の品質、用途等を示すために普通一般に使用せられている事実を示すものとは認められない。
(ウ) しかも、既に述べたごとく、本件商標を構成する「トンボ」の文字に相当する語は、一般に昆虫の「蜻蛉」を意味する語として使用され、そのようは意味合いでもって理解される語で(例えば、審判乙第9号証(本訴乙第10号証)、審判乙第10号証(本訴乙第5号証)の604頁及び605頁)、これを魚の「ビンナガ」の別名として使用することは一般的でなく、(例えば、審判乙第10号証(本訴乙第5号証)の2423頁、審判乙第11号証(本訴乙第9号証))、魚の取引市場における魚の普通名称としても、料理の材料としての魚の普通名称としても「ビンナガ」が使用されており、また、漁業に関する専門的な書籍(例えば、審判乙第12号証(本訴乙第11号証))においても、漁獲物たる魚の普通名称として「ビンナガ」のみが使用されているから、いずれにしても「トンボ」なる名称が、魚の「ビンナガ」を示す普通名称として一般に使用されている事実はない。
(エ) また、イカの漁具として「トンボ」と呼ばれたものが用いられたことがあったとしても、このような漁具が用いられていたのは1868年から1919年すなわち明治元年から大正8年ころまで(審判甲第8号証=本訴甲第25号証)で、その後は用いられていないものと推測され、またかかる「とんぼ」と呼ばれる漁具が、現在一般に市場で商品として販売されているとの事実もなく、自動イカ釣り機が出現し、人手不足のため省力化が要請せられている現今においては、自動イカ釣り機が小型船から大型船までイカの漁船の標準装備となっていて(審判乙第13号証(本訴乙第12号証))、これ以外のイカの漁具は使用せられなくなっていることよりして、本件商標の出願当時以前から、上記の原告がいう「トンボ」と呼ばれるイカの漁具は市場一般に存在しない商品となっているので、このような市場に存在しない商品である漁具が、かつて原告の主張せられるように「とんぼ」と称せられていたとしても、このようなことによって、「トンボ」の文字より成る本件商標が、イカの漁具の一種を示す商品の普通名称と認識せられるものとなることはあり得ない。
(オ) さらに、本件商標の「トンボ」又はこれに相当する語が、商品の普通名称又は商品の品質、用途等を表す目的で同業者間で自由に使用せられているか否かについて検討すると、本件商標の「トンボ」又はこれに相当する語は、被告を唯一の例外として、本件指定商品である「釣り具」の製造、販売を行っている同業者が、商品の普通名称又は商品の品質、用途等を示すために使用している事例は全くなく(例えば、審判乙第14ないし第21号証(本訴乙第13ないし第19号証。ただし、審判乙第18号証は本訴では不提出)、また漁業や釣りに関する雑誌(例えば、審判乙第20、第21号証(本訴乙第13、第14号証))の記事においても、本件商標の「トンボ」又はこれに相当する語が、商品の普通名称や商品の品質、用途等を示す用語として使用せられている事例はない。
(カ) 上記のとおり、本件商標を構成する「トンボ」又はこれに相当する語は、本件商標の出願当時以前から本件指定商品について商品の普通名称又は商品の品質、用途等を示すため普通に使用せられているものでなく、これによって十分自他商品を識別し得るものであり、また商品の品質、用途等についても誤認の生じるおそれはない。
(c) 原告の第二弁駁書に対する被告の反論
(ア) 仮に審判甲第13号証(本訴甲第20号証)の書証が真正に成立したものであるとした場合においても、同書証は原告代理人である弁理士が、原告の主張にそった回答を得るよう誘導した質問に対して、原告の主張にそった回答を得たもののみを記載したというべき措信し難いものであるから、このようなものをもって「トンボ」が本件指定商品たる「釣り具」の取引市場で商品の普通名称や品質、用途等を示すために普通に使用せられている事実を示しているとは認められない。
(イ) また、審判甲第14号証(本訴甲第10号証)の広辞苑には、「とんぼうお〔蜻蛉魚〕トビウオの別称。」、「とんぼしび〔蜻蛉鮪〕マグロの一種、ビンナガの別称。」なる記載はあるとしても、原告が主張するように「ビンチョウマグロ」が「トンボ」と呼ばれているとの記載は見当らないから、このようなものは本件の証拠となり得る価値を有しているとは認められない。
審判甲第15号証(本訴甲第11号証)及び審判甲第16号証(本訴甲第12号証)の百科辞典の「ビンナガ」項の説明文中に「トンボ」なる記載があるとしても、百科辞典はその性質上一般的でない事項についても広く説明を行う必要があるため、このような辞典において「トンボ」なる語が見いだされたとしても、これによって本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、商品の普通名称や品質、用途を示すために「トンボ」なる語が普通に使用せられているとは認められない。
審判甲第15号証(本訴甲第11号証)の書籍に「トンボつり」、「トンボ漁」なる記載があるとしても、それがいかなる事実を指すかについての説明は一切ないので、これをもって本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、商品の普通名称や品質、用途を示すために「トンボ」なる語が普通に使用せられているとすることを得ない。
審判甲第18ないし第21号証(本訴甲第13ないし第15号証、第17号証)の魚類に関する書籍の「ビンナガ」に関する説明文に「トンボ」なる記載のあることは認められるとしても、このようなものは本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において「トンボ」が商品の普通名称や品質、用途を示すため普通に使用せられているとの事実を示しているものでない。
審判甲第22ないし第24号証(本訴甲第21ないし第23号証)は、魚類の加工品たる生利節の商品写真やシールであるが、この中の審判甲第23号証(本訴甲第22号証)の商品表示に原材料名「びんなが鮪」、(商品の)普通名称「なまりぶし」とされていることよりすれは、これら商品における「とんぼ」の文字は商品の普通名称を表したものとは認められないし、仮にこれを商品の普通名称とした場合においても、これが本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、「トンボ」が商品の普通名称や品質、用途を示すために普通に使用されているとの事実を示していることになるものでない。
審判甲第25号証(本訴甲第26号証)に「トンボ縄釣」なる記載があるとしても、同書は作成者も不明で、そこに記載されている事項がいかなる趣旨のものであるかも不明であるばかりでなく、「トンボ縄釣」なる名称がいかなる商品の普通名称として取引界で使用せられていたかの事実については全く不明であるから、このようなものによって「トンボ」が本件指定商品たる「釣り具」の取引市場において、商品の普通名称や品質、用途を示すために普通に使用せられていたとは認められない。
(ウ) 以上のとおり、原告提出の証拠及び主張によっては、本件商標を構成する「トンボ」が、本件指定商品たる「釣り具」の商品の普通名称や品質、用途を表すために取引市場で普通に使用せられていたとの事実は認められず、本件商標はその指定商品たる「釣り具」について、十分自他商品識別の標識としての機能を果たし得るものであって、商標法3条1項1号」、3号及び4条1項16号の規定に該当するものでない。
(3) 審決の判断
(a) 利害関係について
審判甲第9号証(警告書の写し)は、被告代理人が本件商標の商標権に基づき、原告が「釣り針」に「トンボ」の商標を使用することに対し、商標の使用の取り止め、商標を表示した包装用箱、カタログ等の廃棄等を求める警告書であり、これにより本件商標が当事者間の紛争のもととなっているものと認められるから、原告は、本件請求をする利益を有することが認められる。
(b) 本件商標が商標法3条1項1号、3号及び4条1項16号に該当するか否かについて
原告提出の甲各号証についてみるに、審判甲第1号証ないし審判甲第6号証(本訴甲第4ないし第9号証)及び審判甲第14号証ないし甲第21号証(枝番を含む。本訴甲第10ないし15号証、第17号証)によれば、「ビンナガ」の別名を「トンボ」と称する記載が認められる。審判甲第7号証及び第8号証(本訴甲第24、第25号証)によれば、イカ釣りの漁具として「とんぼ」、ビンナガを対象とした漁具として「とんぼ縄」が記載されている事実が認められる。
しかしながら、上記書証(図鑑、辞典等の書籍の写し等)には、「トンボ」という用語が使用されている商品を特定できないこと及び「トンボ」という漁具が今日においても実際に取引されていることを証明する書証の提出がないことから、本件商標を釣り具に使用した場合、その商品の普通名称、品質、用途等を表示するものとは認め難い。
審判甲第10号証(カタログの写し。本訴甲第18号証)には、「トンボ釣り-竿釣」及び「鮪(トンボ)竿釣」の頁の「トンボ竿針」の記載があるとしても、該書証は、原告の製造、販売に係る商品のカタログであり、これのみをもって、本件商標がその商品の普通名称、品質、用途等を表示するものとは認められない。また、審判甲第17号証(書籍「まぐろを追って八十八話」の写し。本訴甲第19号証)には、「トンボつり」の記載があるとしても、具体的な商品が説明されていないこと等から、その商品の普通名称、品質、用途等を表示するものと認めることはできない。
審判甲第13号証(本訴甲第20号証)には、釣り具業界、漁業協同組合の関係者等に対して電話による聞き取り調査をした結果、「とんぼ」が「ビンチョウマグロ」の通称として使用されていことを証明しているが、この程度の聞き取り調査結果及びこの証明内容だけでは、釣り具について本件商標がその商品の普通名称、品質、用途等を表示するものと認めることはできない。
審判甲第22号証ないし第24号証(商品「生利節」の写真、シール等。本訴甲第21ないし第23号証)には、「とんぼ生利節」、「とんぼ生利」、「とんぼぶし」及び「トンボ節」の記載があり、その証拠中の審判甲第23号証(本訴甲第22号証)には「ビンナガ鮪」の記載があることと相俟って「トンボ」及び「とんぼ」の語が「ビンナガ鮪」を指称することをうかがい知ることができるとしても、「釣り具」の取引者、需要者の間において、その商品の普通名称、品質、用途等を表示するものとして認識されているということはできない。
上記書証以外の甲各号証は、原告の主張を裏付けるに足るものでない。
また、職権をもって調査したが、原告の主張する事実を発見することができなかった。
以上のとおり、原告提出の証拠及び主張を総合勘案しても、本件商標をその指定商品「釣り具」に使用した場合、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものであるとは認められないし、また、商品の品質について誤認を生ずるおそれも認められない。
(c) したがって、本件商標は、商標法3条1項1号、3号及び4条1項16号の規定に違反して登録されたものであるということはできないから、本件商標は、商標法46条1号の規定によりその登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
第3 当事者の主張
1 原告主張の審決取消事由
審決は、「本件商標を釣り具に使用した場合、その商品の普通名称、品質、用途等を表示するものとは認め難い。」と認定、判断したが、以下の事実関係に照らせば、誤りである。
(1) 「トンボ」の語は、本件商標の出願前から取引市場において「釣り具」の用途表示や品質表示として現実に使用されている。
すなわち、例えば、ビンナガ用釣針の用途表示として、あるいはイカ釣り用の針ないし擬餌針などの現実の商品取引の場で「トンボ」という用語が使用されている。また、鮎釣り用の釣針やハリスにおいて、「トンボ」の用語は針の型を表したものとして現在も使用されている。
(2) 「トンボ」という語は、昆虫の「蜻蛉」を始めとして種々の意味があることは認めるが、漁業関係者の間ではマグロの一種である「ビンナガ」(ビンチョウ)を親しみをもって「トンボ」とも呼んでいることは明らかであり、スーパー等一般市場でも「ビンナガ」は「トンボ」と呼ばれている。したがって、「トンボ」は「ビンナガ」の別名として広く知られているものである。
(3) 以上のとおり、本件商標「トンボ」をその指定商品「釣り具」に使用した場合、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものであり、商品の品質について誤認を生じるおそれもある。したがって、審決の理由の要点(1)(b)に主張のとおり、本件商標は、商標法3条1項1号、3号及び4条1項16号に違反して登録されたものである。
2 審決取消事由に対する被告の反論
原告が指摘する審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の誤りはない。
(1) 「トンボ」の本来の語義は、昆虫としての「トンボ(蜻蛉)」であり、他の語義はこれから二次的に派生したものである。したがって、本件商標「トンボ」に接した需要者、取引者は、この本来の語義で親しまれた昆虫としての「トンボ(蜻蛉)」の意を極めて容易に看取し得る。
「ビンナガ」の方言ないし地方名として、「トンボ」のほかに、カスシビ、カンタ、カンタロウ、コビン、シビ、トンビ、トンボシビ、ハニシビ、ビナガ、ヒレナガ、ビンチョ、ビンチョウ、ビンナガマグロのように、極めて多数のものがあり、その呼び方は全く異なっている。「トンボ」の呼び方に言及した文献をみても、「関西、和歌山、高知、下関、沖縄」での地方名であるとしたり、「沖縄、関西、高知、串本、紀州各地・高知市・熊野浦・大阪、和歌山・下関・銚子、高知県・室戸岬」の地方名であるとしたり、「関西地方の呼称」としたり、「西日本での地方名」であるとするなど、文献によって必ずしも一致していない。
したがって、ビンナガに携わる漁師その他の漁業関係者においても、「トンボ」の語は、これに接して直ちに「ビンナガ」の意味を認識するほどには広く通用していないもので、普通名称ではない。極めて限られた小数のグループ間だけで用いられ、通用するいわば隠語の類いにすぎない。
「とんぼ」と名付けられたイカ釣り用の漁具は、甲第25号証の記載からも明らかなとおり、1919年(大正8年)ころまで用いられた歴史的なものにすぎない。この漁具は現在では「商品」ではなく、その名称「とんぼ」も死語となっている。
このように、「トンボ」は、「ビンナガ」の普通名称でも、イカ釣りの漁具の普通名称でもなく、他に、「トンボ」の名称によって特定される、本件商標の指定商品である「釣り具」はない。また、「トンボ」がこの指定商品「釣り具」の品質や用途等を表すものでもない。
(2) 以上のとおりであり、審決が、その判断の中で「(原告提出の)書証(図鑑、辞典等の書籍の写し等)には、「トンボ」という用語が使用されている商品を特定できないこと及び「トンボ」という漁具が今日においても実際に取引されていることを証明する書証の提出がないことから、本件商標を釣り具に使用した場合、その商品の普通名称、品質、用途等を表示するものとは認め難い。」としたのは正当であり、本訴で原告が提出した書証によっても、上記事実は明らかではない。本件商標は、取引市場において自他商品の識別標識としての機能を十分に発揮することができる。
(3) なお、原告が、審判で提出しなかった書証をもって、本訴で本件商標登録の無効事由を立証することは許されない。
第4 当裁判所の判断
1 本件商標「トンボ」は旧商品区分第24類「釣り具」を指定商品とするものであるが、証拠によれば、当該指定商品との関連における「トンボ」の語の使用状況につき、以下の事実を認めることができる。
(1) 津川武美著「原色日本海魚類図鑑」(桂書房、平成1年6月発行)130頁の「ビンナガ」の項目(甲第4号証)、「決定版生物大図鑑 魚類」(世界文化社、昭和61年発行)の「ビンナガ」の項目(甲第5号証)、益田-ほか編「日本産魚類大図鑑」(東海大学出版会、昭和59年発行)218頁の「ビンナガ」の項目(甲第7号証)、日本魚類学会編「日本産魚名大辞典」(三省堂、昭和56年発行)293頁の「ビンナガ」の項目(甲第8号証)、「平凡社大百科事典12」(昭和60年発行)833頁の「ビンナガ」の項目(甲第9号証)、「世界大百科事典24」(平凡社、昭和63年発行)259頁の「ビンナガ」の項目(甲第12号証)、「マグロの話」(共立出版、昭和56年発行)30頁の「ビンナガ」の項目(甲第13号証)には、いずれもマグロの一種であるビンナガの別名として「トンボ」が「ビンチョウ」とともに記載されている。そして、「ビンナガ」が「トンボ」とも呼ばれるのは、長い胸びれを広げた形からの連想に由来するものである旨の説明もされている(甲第9、第12、第13号証)。
(2) 東京水産大学第7回公開講座編集委員会編「マグロ-その生産から消費まで-」(成山堂書店、昭和56年発行)20頁の「ビンナガ」の項目(甲第6、第16号証)、末廣恭雄ほか監修「魚の歳時記-2 初夏の魚」(学習研究社、昭和59年発行)149頁の「ビンナガ」の項目(甲第14号証)、蒲原稔治著「標準原色図鑑全集 魚」(保育社、昭和41年発行)39頁(甲第15号証)に、いずれも「ビンナガ」の方言ないし地方名として「トンボ」が記載されている。
(3) 「広辞苑第四版」(岩波書店、平成3年発行)1887頁の「とんぼ」の項目に「とんぼうお」のサブタイトルとして、「トビウオの別称」と、「とんぼしび」のサブタイトルとして「マグロの一種、ビンナガの別称」とそれぞれ説明されている(甲第10号証)。
(4) 「日本大百科全書19」(小学館、昭和63年発行)894頁の「ビンナガ」の項目に「比較的小形のマグロ……成魚の胸びれが著しく長いのが特徴……で、ビンチョウ、トンボ(関西)の呼称もこれに由来する。」と記載されている(甲第11号証)。
(5) 大洋漁業発行の魚の種類に関するポスターの「ビンナガ」の項目に別名として「トンボ」と記載されている(甲第17号証の1、2)
(6) 「マグロを追って八十八話」(神奈川新聞社出版局、平成7年発行)96頁に「マグロ船の俳句」として「トンボつり、今日はどこまで行ったやら」「手前の亭主がマグロ船乗っててヨ、トンボ漁に出掛けたのサ。」などと記載されている(甲第19号証)。
(7) 大森徹著「まぐろと共に四半世紀」(成山堂書店、昭和62年発行)7頁には、「トンボは正式名をビンナガ(袖長)という。」と記載され、同書の随所にこの意味での「トンボ」に関する記載がある(甲第40号証)。
(8) 原告代理人が平成7年10月に、大阪市、高知市及び三重県志摩郡浜島町の釣り具業者、高知県漁業協同組合連合会、南国市十市市場の十市漁協、和歌山県漁連及び勝浦漁協に紹介した結果、「トンボ」がビンチョウマグロ(小形のマグロ)の別称として使用されているとの回答を得た(甲第20号証)。
(9) 関西のスーパーマーケットにおいて、ビンナガを原材料にしたなまり節が「とんぼ生利節」、「とんぼぶし」、「トンボ節」等の名称で販売されている(甲第21ないし第23号証。平成7年当時)。
(10) 原告が発行した釣針のカタログに「鮪(トンボ)竿釣」の項目の頁を設け、「トンボ竿釣」、「トンボ竿釣(生無)」の2種類に分類して釣り針の商品を紹介している(甲第18号証)
(11) 野村正恒著「最新漁業技術一般」(成山堂書店、平成2年発行)267頁、281頁、282頁に、「びんながを対象とした場合は……トンボ縄が……用いられる。」「とんぼは……いかを釣る釣具であって天秤釣である。」との記載及びその図示がある(甲第24号証)。
(12) 奈須啓二ほか編著「イカ-その生物から消費まで」(成山堂、平成3年発行)121頁にイカ釣りの第1段階(1868年~1919年)の説明として「漁具は、偽餌針あるいは餌付針が2本付いた“やまで”および“とんぼ”と呼ばれたものが用いられ」と記載されている(甲第25号証)。
(13) 松崎礼一著「釣り仕掛集」(大泉書店、昭和38年発行)111頁には、鮎の友釣用掛鈎の形として「トンボ型」が図示されており(甲第40号証)、また、市川彌七ほか著「新しい百科全書 釣のすべて」(廣済堂出版、昭和48年発行)45頁、137頁にも、釣り針の形(鮎掛けバリ)として「トンボ形」を紹介し、図示している(甲第45号証)。
(14) 平成10年10月当時、兵庫県豊岡市の株式会社脇漁具製作所が使用しているカタログにはイカ釣り針の名称として「トンボ」と記載しており、同社の担当者は昭和年代以前からそのように呼称してきたこと、及びカツオ釣りに使用する釣り針も「トンボ」と呼ぶものもあることを報告している(甲第35号証の1、2)。
(15) 現在、「トンボ」の語あるいは「トンボ」の語を含む語を、釣り針の商品の名称ないし説明として記載しているカタログ、商品袋及び容器が種々存在しており(甲第30号証、第31号証の1、2、第32号証の1ないし3、第33、第34号証、第36号証の1ないし6、第37、第38号証、第39号証の1、2)、例えば、〈1〉 静岡県清水市所在のカツオ・マグロ用各種釣針の製作、販売会社である有限会社會見漁具製作所の「カツオ・トンボ加納価格表」には、「カツオ用」と並んで「トンボパイプ用」の品名が記載されており(甲第31号証の2)、〈2〉 兵庫県加東郡東条町の株式会社土肥富が平成9年4月に作成した釣針のカタログには、商品名として「カツオトンボ針」の名称が写真とともに掲載されており(甲第33号証)、〈3〉 高知市の株式会社林釣漁具製作所のカタログには、マグロ用の釣針の商品名の一部として「トンボクローム」、「トンボカラー」の名称が記載されており(甲第34号証)、〈4〉 兵庫県西脇市の釣り用具の製作、販売をしている3つの会社の各カタログには、それぞれ鮎釣り用釣針の商品名の一部として、「新改良トンボ(株式会社がまかつ。甲第36号証の1)、「改良トンボ」、「プロトンボ」、「獣毛トンボ」(株式会社オーナーばり。甲第37号証)、「トンボ」、「改良トンボ」(株式会社カツイチ。甲第38号証)の名称が写真とともに掲載されている。
2 以上1の(1)ないし(9)に認定の事実によれば、「トンボ」は、マグロの一種である「ビンナガ」の別称として用いられることが、本件商標の出願時(平成1年2月16日)においても、既に漁業関係者のみならず一般人にも認識されるに至っているものということができ、このことからすると、本件商標「トンボ」は、その指定商品「釣り具」の対象となるべき魚の一種に関する普通名称に属するものと認められるのであり、したがって、本件商標は、「その用途を普通に用いられる方法で表示する標章からのみなる」(商標法3条1項3号)ものであるというべきである。
また、上記1(10)ないし(15)に認定の事実関係によれば、本件商標の出願時ないし設定登録時(平成4年11月30日以前から、本件商標の指定商品である「釣り具」の取引者、ひいてはその一般需要者にとって、「トンボ」はマグロ・カツオ釣り針用、イカ釣り用、鮎釣り用の釣針のうち特定の種類ないし形態のものを表す一般的な名称であると認識され、取引上も使用されてきたものと認めることができ、「トンボ」は、単に釣り具の業界ないし釣マニアの間における隠語ないし符丁としての位置付けにとどまらず、「釣り具」のうちの釣り針の種類に関する「普通名称」(商標法3条1項1号)の域にまで達しているものということができる。
3 ところで、ビンナガの別称として「トンボ」を掲げていない辞典のあることも認められるが(例えば、「丸善エンサイクロペディア大百科」2423頁の「ビンナガ」の項目。乙第5号証)、その中には、「トンボシビ」を「ビンナガ」の別称として掲げるものもあって(「広辞苑第四版」(岩波書店、平成3年発行)2207頁「びんなが」の項目(乙第2号証)、「大辞林」(三省堂、昭和63年発行)2081頁「びんなが」の項目(乙第4号証))、「トンボ」の呼称がビンナガの別称として掲げられていない辞典があることをもってしても、上記2の判断を左右するものではない。また、石井頼三ほか編「商品大辞典」(東洋経済新報社、昭和51年発行。乙第7号証)などには「まぐろ類」、「びんなが」の別称として「トンボ」の記載がなく、また、釣り具の中に「とんぼ」あるいは「トンボ」の語を用いたものの記載もないことが認められるほか、前記1の(15)で認定した釣針の袋ないし容器の中には、その製造、販売時期が判然としないものもあるが、これらの事実をもってしても、上記2の判断は左右されない。
4 なお、被告は、審判で提出されなかった書証を本訴において提出して立証することは許されないとも主張するが、本件審判で審理の対象となったのは、本件商標についての商標法3条1項1号、3号及び4条1項16号の該当の有無であって、原告が本訴において新たな無効事由を追加したものではないから、既に審判段階において主張されていた無効事由を立証し、あるいはこれを否定するために、本訴において書証を追加提出することは、原告、被告とも許されるところであり、被告の上記の主張は理由がない。
5 したがって、本件商標は、商標法3条1項1号、3号(平成3年法律第65号による改正前のもの)に該当し、自他商品の識別力を有しないものというべきであり、これに反する審決の判断は誤りである。そして、この誤りは、本件商標は、商標法46条1項1号によりその登録を無効とすることができないとした審決の結論に影響があることは明らかであり、原告主張の審決取消事由は理由がある。
第5 結論
よって、審決は取消しを免れず、主文のとおり判決する。
(平成11年2月2日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)